cut atelier room 3 古田隼人

ー古田さん自身のこれまでの経歴を教えて下さい。

出身は東海市というところで、父も母も理容師で、実家は僕が小さい頃から理容室を営んでいたんです。所謂、床屋さんの息子として育ったんですが、全然理容師も美容師もやるつもりはなかったんですよ。たまたま親戚の人達もそういう関係の人が多かったというのもあり、勧められるがままに、結局はこの道に進んだというのが、僕のはじまりですね。美容学校に通って、そのまま名古屋の美容室に勤め始めました。1店舗目は星ヶ丘のお店で、2店舗目は栄地区のお店で10年ほどやり、独立したという形です。

ー独立されたこの『cut atelier room 3』ですが、見るからに一般的な美容室の形態とは異なる印象です。コンセプトを教えて下さい。

そうですね、長く愛してもらえるものの価値の軸って、そうそう変わるものではないですよね。古くから変わらず支持されているものだったり。そういった事をベースに、僕らの新しいフィルターを通して紹介であったり、提案したいとずっと思っていたんです。はじめからこういうイメージを明確に持っていた訳ではなくて、徐々にこういう形になっていった感じです。“コレ!”っていうものを参考にしたわけでないです。

ー独立のきっかけ、ターニングポイントってどういったコト・モノ・ヒトだったんですか?

独立を考える前までの僕は、ヘアーデザインや創造的な提案であったり、商業的なものを売りにしていたんですよ。いかにそれまでのイメージを変えてあげるか、可愛くしてあげるかっていう事ばかりを考えていたんです。ところが、いつもあまりカットせずにロングの髪を整えに来ている、ずーっと長く担当させてもらっていた女性のお客様がいたんですよ。その方が、「今のロングからボブくらいまで切りたいんです」とおっしゃられて、びっくりしたんですが、一生懸命切らしてもらって、仕上げに「どうですか?」って言ったら、普通に「ありがとうございます」だけで、あまり反応が良くなかった。で、やっぱり気に入らなかったのか、1年くらい来なかったんですよ。僕もそれが気がかりで、「せっかくのロングを切ってしまった」とか「気に入らなかったんじゃないか」とか、色々と考えましたね。そしたら、1年後にまたひょこっと来店して頂いて。今回は気に入ってもらうぞと、かなり意気込んで提案を矢継ぎ早にしたんですよ。「パーマどうですか? こんな髪型どうですか? …etc」って。でも、お客様はあまり気乗りしない感じで普通に「一生懸命切って頂いた前回の髪型をお願いします」って普通にオーダーされたんです。その時ですね、「あぁ、当たり前の事を素直にシンプルに伝えるだけでお客様に伝わっていたんだ」って、まさに目から鱗ですね。それまではやっぱり装飾的なものばかりを提案していた。そうじゃなくて、お客様に長く愛される“シンプル”や“飾らない”髪型を提案していきたいと感じましたね。これからは時代も、外面から作るオシャレやヘアースタイルではなくて、内面から創っていくものであったり、10年20年愛される普遍的なものに変わっていくんじゃないかなと思いましたね。それで、このビルの3Fにこんな美容室をやっています(笑)。

ーその人に10年20年愛されるヘアースタイル…僕らはまだ見つけられてないですし、ピンとこない感じが少しあります。

そうですよね、なかなか普通の美容室ではやらないですからね。例えば、パーマをしたり、長さを変えて印象を変えるような気分転換のような事でも、結局は自分に似合う・合ったスタイルをどれだけ探せるかっていう事だと思うんです。実は人間はそれぞれそういった事をやっているんですよ。学生時代の長い髪型が忘れられない、思い切ってショートにしたあの感覚が良かったとか、そういった事を自分の中にいくつステイタスとして持っているか。その手助けやその人に本当に合うスタイルを見つけ出すのが、僕ら美容師の仕事なんじゃないかなって思いますね。逆に理容室と美容室の壁って今はないんじゃないかなって僕は思います。理容室の整える技術や考えっていうのは、外面だけではなく、その人の持つ内面性を引き出すという点で素晴らしいと思いますよ。

ーバナナレコードの田中さんも、ロングを維持しているのは昔切ってしまった後悔から、今は好きなヘアースタイルでいたいとおっしゃってました。

そうですよね。その人の生き方とかが出てくるんですよね。それも内面からきているものですよね。やっぱり外面だけで作っているものって薄っぺらく感じてしまうんですよね。僕が最近思うのは、オシャレという言葉の価値観が変わってきている気がするという事です。どうしても外面的で装飾的な“モノ”を提案してしまいがちになってきているような…。だから、僕たちは美容よりも理容のような“整える”、“その人らしさ”、内面を引き出せる事をしていきたいですね。空間創りも装飾的なものではなくて、質実剛健のようなモノの内面や魂のようなものを感じられるように創ってます。だから、訪れた方に「オシャレですね」って言われても、あんまり嬉しくないんですよ(笑)。自分の価値観を変えて、自分に似合うヘアースタイルを探すきっかけになるお店になれば嬉しいです。

ーなるほど。大須にお店を出す事は前々から決めていた事なんですか?

はい、大須か覚王山にしようと。池下や星ヶ丘なんかは開発されて、キレイに新しい街が形成されていますが、何十年も続いていくか疑問に思うところがあったんです。どうも人工的な印象があるじゃないですか。それよりも大須の街はずーっと変わらずに昔からあるし、古くからのものを大切にしてますよね。そういったところの方が文化人も来てもらえるし、お店の良さにも気付いてもらえるんじゃないかと思ったからですね。普通に考えれば、商業施設のある街の方が良いとなるんでしょうが、逆に歴史ある古い街でやりたいと思いました。

ー偶然か必然か、このビルに入っているお店はどの階も他にない魅力を持った店ばかりですよね。

1階も2階もそうですね〜。この3階は元々大家さんの自宅で、和室だったんですよ(笑)。そこをうまく再利用して。それもこれもたまたまなんですよ〜たまたま大須にして、たまたま3丁目だし3階にお店があるから“room 3”(笑)。場所ありきで決めて、屋号は一番最後に決めましたね。

ー現在は何人の美容師の方がいらっしゃって、どのような事に気を配って営業されてますか?

今現在は僕を含めて5人のスタッフです。「今日は可愛くしましょうか! 」っていう感じではなくて、ちょっと心がやすらぐような、そんな接客を心掛けてやってます。むしろ、そういう気配りができる人たちしかお願いしていないですね。お店自体がそういう空間なので、やっぱりお客様への心地良さを追求すると、それ相応の大変さがありますからね。

ー先ほど、ご両親が理容室をなさっているとおっしゃていましたが、今でもやられているんですか?

はい、今でもやっていますね。たまに観察に行きますよ〜(笑)。両親共にもう出る幕じゃないのに頑張っていますよ(笑)。お店を出す際には、「なんだコレ!? こんなの全然良くないぞ」なんて言われましたけどね(笑)。それでも関係なく僕はやってますけど。やっぱり目指しているところがお互い違いますからね。むこうは整えるくらいで、大袈裟に言えば「格好良くしてください」って言えば、角刈りになるような事ですから。でも、床屋さんのマスターとしては性に合っているんじゃないかと思って、僕は尊敬しているんでけどね。理容も美容も元々は一緒の成り立ちであったものが、装飾的な美容師と整える理容師のふたつに分かれていた。けど、今はエコなんか注目されていたり、当たり前の事を当たり前にやる安心感をお客様は求めている。そうなると、理容の良さも見直さなきゃいけないと感じますよね。年齢を重ねると物事の本質を見るように変わっていくんだな〜って思います。

ーお店を今後「○○にしていきたい! ○○のようにしていきたい! 」という願望はありますか?

こだわっている事なんですけど、ギャラリーみたいに季節ごとにディスプレイされているものを変えているんですよ。感覚を楽しむっていうのがテーマになっていて、「なんでこんなモノ飾ってるの? 」みたいな事を大切にしています。ヘアー以外の事でお客様の感覚を刺激できればと思ってやってます。あと、あまり商業ベースにはやりたくないなと考えています。地に足の着いた活動、父親を見習って一歩一歩やっていきたいですね。もし違うお店を展開するなら、ここはアトリエ・秘密基地なので、もっと違うコンセプトでやってみたいですね。

ーそうなったら楽しみです。では、田中さんから頂いたみっつの質問に答えてください。ひとつめの「家具、自転車ときて、次の趣味・感心事は?」

今はグラフィックデザインにハマってますね〜建築関係とかデザインです。ゼロから研究してやるのが好きなので、今はすごい楽しんでます。家具は今でも好きですね。家具っていうよりモノとして見てます。例えば石だったり、昔の工芸物が大好きです。収集癖がかなりあって、ゴミなんかも拾ってきます(笑)。ゴミの中に何が見えるかっていうところまで追求して。昔のスコップとか火鉢とかも好きです。飾られていなくてシンプルなものが好きですね。

ーふたつめの質問です。「最近お気に入りのアーティスト、BEST3を答えよ!」です。

アーティストですか〜(笑)。そうですね〜坂本龍一さん、高木正勝さん、あとは猿山修さんですかね。系統的には、あまり音のない音楽が好きです。飾る音じゃなくて削ぎ落とした音がやっぱり好きですね。田中さんほどマニアックじゃないですけどね〜(笑)。やっぱり年齢を重ねる毎に趣味趣向が変わりながら、今好きな削ぎ落とされた音楽に辿り着いたのかも知れませんね。

ー最後の質問です。「東京進出の野望は? (いつでも相談に乗るよ! )」

ありますね〜。やっぱり東京で試してみたいっていう願望はありますね。東京だと具体的には目黒とかでやってみたいですね。商店街の中にぽつんとあって、「なんか出来たみたいだから行ってみようか? 」って思われるような店をやってみたいですね。「住宅街にこんなこだわりの店があるんだ! 」っていうギャップを感じてもらえたり、「なんでこんな所に? 」っていうのが楽しいですね(笑)。大須もそれに合っているんで楽しんでます。